今回は田舎者で何も知らなかった私が高校を卒業して5年間、アメリカに留学して何を学んだかを紹介します。
ほんの些細な思いつきでアメリカ留学を決意し、18歳で北海道の地方の公立高校を卒業後すぐにカリフォルニア州、ロサンゼルスに飛びだちました。
2014年から2019年の実に5年間、現地で学位習得のために努力を続けてきました。
結果として辛いこと、嫌なことに遭遇する機会は少なくありませんでした。
ですが、最終的にはアメリカの4年生大学の学位の他にたくさんの方面で学ぶことができたのも事実です。
この機会を提供してくれた家族、応援してくれた友人の皆さんにはとても感謝しています。
Contents
心構え、価値観について
私はアメリカ留学を通じて自分に自信を持つことが出来たと強く感じています。
それはただ単純に自分が努力したから、留学したからというわけではなく、留学を通じて自分をアピールする機会を得ることができたことにより、
「自分みたいな人が世の中に1人くらいいても面白いんじゃないか」と思えるようになったからではないだろうと思います。
より世界を広い目で見てみて、自分とは何かを考え直す機会と時間を頂いたと解釈しています。
世の中には知らないことがたくさんある
まず、私が実感したことはこの世界にはまだまだ私の知らない世界がたくさんあるということです。
そして、日本や私がいた高校という場所がいかに狭く場所だったかを理解できました。
私は高校まで地方で過ごし、素直にアルバイト禁止の校則を守り、かつ部活動にもあまり積極的ではなかったのであまり社会との交流もなく、非常にもどかしい感覚を常に感じていました。
しかしそこから自らを解放し、一度自分のいた場所を客観視できたことで世界はこんなにも広く面白いのか、と強く感じました。
その感覚は今でも私の考え方に影響を与え、大学を卒業した後でも学びの場はいくらでもあると思えるのもこの世界の大きさを痛感したことが大きいと思います。
日本の多くの学生さんは就職して働き始めると学ぶことをやめてしまうと聞いたことがありますが、私からしてみればとてももったいないことです。
世の中にはまだまだ私たちが知らない世界がありますし、追求することをやめてしまえば自分の世界をそこにとどめてしまうので新しい可能性を塞いでしまいます。
小さな目の前の山を越えたら別の山の景色まで見えてくる。
そんな小さい頃の体験を思い出させてくれるようなワクワク感をアメリカ留学で再び経験しました。
例えば、一言にアメリカと言ってもカリフォルニアだけで日本よりも面積がありますし、ニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコ、ボストン、マイアミ、ワシントンDCなど各都市に特徴があります。
違う都市に行けば、建物のデザインやファッション、人種構成や話し方など同じアメリカの中のはずなのに違う国にいったような感覚を味わうことができます。
そんなアメリカ国内だけでも多くの違いがあるのに、世界中から移民がやってきて今日もまた新しい側面や価値観をもたらしてきます。
するとその移民のルーツはどこからきたのか、などなど疑問は尽きません。
世界にはとっても広くて私のわからないことがたくさんあります。
だからこそ、世界は面白い!
誰も自分に興味なんかない、なりたい自分になろう
もし日本でちょっと友達と考え方が行動が違うだけで浮いた存在になってしまったり、それが原因で悩んでしまう方もいるのではないかなと思います。
なぜなら日本にいた頃の私もそうだったからです。
小さい頃からなぜかちょっとみんなと違うことや言動をすると、それをネタにされたりしてたり、変な目でみられていたので一時は
「どうしたらみんなみたいに普通になれるんだろう」
なんて真剣に悩んでいた頃もありました。
アメリカ留学して気づいたのは「誰もそんなこと気にしていない」ということです。
例えばアメリカでは「日本人も中国人も韓国人も大した差はない。アジア系。」みたいな大きなカテゴリーで見られることがあります。
確かに私たちからしてみれば習慣や言葉、文化などで中国や韓国とは大きな違いがあるように思えますが、
それをよく知らない人にとってみれば「大した違いではない」のです。
それはもちろん人種差別などではなく、ただ知らないだけな場合もたくさんあります。
おそらくほとんどの日本人にとってイタリア人、スペイン人、ポルトガル人を一目見て判別できるかと聞かれたらおそらく難しいと思います。
ですが彼らからすると大きな違いがもっとくっきり見えると思います。
スペインは特にカタルーニャ人やアンダルシア人なども組み込まれている多民族国家ですのでひょっとしたら話し方でどこの出身かも見分けられるのかもしれませんが。
話を戻しますが、ここで重要なのはほとんどの世界にとって日本社会で感じる違和感は大した違いじゃないのではということです。
要するに自分が考えているほど相手は私を見てはいないんです。
ですから相手がどう考えているのかなんて考えているのは時間の無駄です。
ですから、他の人にどう見られているかを気にして行動をためらっていたらもったいないです。
まずやりたいと思うものがあったら、とことんやってみましょう。
もし失敗したら、それはあなたが挑戦した立派な勇気の証です。
失敗は挑戦した人にしか与えられません。何もしない人に比べたら大きな進歩です。
もし批判されたなら、それだけ他の人から自分に関心が向けられている証拠です。
大抵の場合は批判されもしないし、評価もされない無関心で終わってしまいます。
他人の目線を気にするのは挑戦してからでも遅くはありません。
自分の個性を大切に、相手の個性を否定しない
ロサンゼルスは比較的アジア人の多い場所ではありましたが、やはり私たち日本人(もといアジア人)はアメリカ社会においてマイノリティーです。
むしろ個性を埋没させてしまえばアメリカという社会では全く相手にしてもらえません。
ですから自分の弱点や変だなと思う部分を治すよりも、自分の強みや特徴がくっきり現れる方がいいのではないかと考えるようになりました。
自分の個性は何か?と考えた時、一番最初に思いつくのは自分が日本人であるということでしょうか?
私は一度はそう思いかけましたが現地の人に
「日本人はこういうところあるよね〜」
ってステレオタイプ的な目線で言われると、いい意味でも悪い意味でもあまりすっきりしません。
もっと小さい単位で考えてみましょう。
もし、あなたが「◯◯県民だから、◯◯市民だから。」、「〇〇高校は…、〇〇大学は…」などと言われて不快に思うのなら、自分自身が評価される方法を考えないといけません。
- 自分は何者か?
- 何ができるか?
- 何が好きか
なんかを軸に考えていけばいいと思います。
逆の立場で考えて考えてみましょう。
私たち日本人が「アメリカ人はどうこう」、「中国人はどうこう」などと、理解もしていない外国人に言うのはいかがなものでしょうか?
確かにあなたの周りの人はそうだったかもしれませんが、「全ての〇〇人」がそうではないということは忘れないでいてください。
日本人ですらこれだけバリエーションのある人たちの集まりなのですから。
ですので、私が常日頃考えていかなければならないのは、
「私は〇〇であり、世界に2人といない人間である」という自覚と、
「他人の個性を否定せず、多様性を受け入れる」ということです。
これができるだけでもかなり人に優しくすることができます。
勉強について
英語は手段であり、武器である
私の英語に関する見方は、「あくまでも手段でしかないが、強力な強みにもなる」です。
少しでも日本語の通用しない環境で英語のみをしばらく使用してみた方なら理解いただけると思いますが、
必要最低限生き残るだけの英語は中学生までで習うレベルで大丈夫です。
特に難しい英語でなくてもいいのです。
シンプルでも相手に伝わる英語であればコミュニケーションは成立します。
多くの方はこの段階で「英語が話せる」と堂々と言ってもいいと思います。実際話せてますし。
ただし、この段階では私は英語は手段でしかないと思います。
というのもこの程度のレベルなら携帯の翻訳や筆談でもなんとかなるためです。
言ってしまえば、役にはたつが他の方法でも代用が効くからです。
私はそんな手段である英語を武器としてみるようになったのは大学進学後でした。
というのも、学校での課題をこなしている際に日本語の資料がなく、英語で資料を見つけた時は「英語が理解できた故に」理解できた時には英語がよかったなと思います。
授業のレベルが上がれば、もちろん求められる英語力の要求も上がってきます。
そうなれば専門的な英単語などは嫌が応でも覚えざるを得ませんし、
いくら喋るのが下手でも赤っ恥をかくことになっても発言せざるを得ません。
そのような環境にいるとメンタルも鍛えられますし、英語力も向上します。
このレベルになると英語は1日、2日の付け焼き刃で上達するものではありません。
毎日の積み上げが重要になります。
その途中では確かに自分に進展が見られず、焦ってしまうこともあると思います。
その際は立ち止まってもいいと思います。ゆっくりでもいいんです。
学期末などの節目に振り返ってみれば確かに成長していますし、そう実感できた時に自信になると思います。
机に座ってするものだけが勉強じゃない
何も机に座って教科書を眺めたりノートに書き込むだけが勉強ではありません。
机に座って勉強するのに飽きてきたら外に出てリフレッシュしつつ見聞をひろげることができます。
留学中は異国の風景を眺め、そこから学びとることもできるからです。
例えばロサンゼルスの陸の玄関、ユニオンステーションはもともとゴールドラッシュの際にやってきた中国系の移民がサンフランシスコから大量に移動して建設に携わりました。
ですのでロサンゼルスのチャイナタウンはユニオンステーションからおよそ200メートルほどのすぐ近くに位置しています。
この頃のロサンゼルスの発展には中国系の移民が少なくない貢献をしていたのですね。
ちなみにそのチャイナタウンすでに100年以上の歴史があります。
もともとマンダリンを話す住人はほとんどいませんし、チャイナタウンの店のほとんどは広東語をベースに店の名前が設定されています。
その住民も既に初期の移民は現地化して、よりアメリカ生活に順応してチャイナタウンをとっくの昔に去っており、現在ではベトナム人やカンボジア人の割合のほうが多いです。
このように留学生活の中には自分にフィールドトリップ(課外授業)を与えることのできる場所で溢れています。
机に座って勉強するのに飽きたら、外に飛び出して街の歴史に触れてみるのも留学の醍醐味だとは思いませんか?
生活について
私は日本を出るまで自分で洗濯もしたことがなかったたので、初めて白いTシャツを洗い、ピンク色に染め上げてしまった時、いかに親に守られていたかが理解できました。
自炊料理なんかも完全に我流で実家に帰って披露したら「何してるの?」って失笑されたこともありました。
それでも自分なりにアメリカで生き残る方法を習得できたのは「とりあえず自力でなんとかする」ということを覚えたからではないでしょうか?
その中でアメリカ生活ならではの経験もありましたのでここで紹介します。
ルームメイトとの生活について
ロサンゼルスで1人暮らしをするにはコストがかかりすぎるので私は主に友達とルームシェアをして暮らしていました。
ルームメイトとの生活はキッチンやトイレなどを共有することが多いのでこれまでに培ってきた生活習慣がはっきりと現れます。
- 料理した後いつ皿を洗うか?
- シャワーに入る頻度やタイミング
- ゴミはいつ捨てるか?
- どれぐらいの頻度で家を掃除をするか?
- 靴は履いたままか玄関で脱ぐか?
など友達といえどやはり育ってきた環境も全く異なりますので合う合わないは現れます。
同じ日本人でも起こり得るのですから、留学中は頻繁に発生します。
そんな時こそ揉め事が発生します。
私はこの5年間比較的ルームメイトに恵まれていたので割と落ち着いて過ごせましたが中には聞くだけでとんでもないルームメイトがいた友人もいました。
- 自分が料理したい時にいつもキッチンに皿が残っている
- ルームメイトが勝手に自分のシャンプーやボディーソープを使ってしまう
- 香水の匂いの好き嫌い
- バスタオルを洗う頻度
- 脱いだ靴を整理しない
揉め事の種は至るところにあります。
相手もずっとそれが当たり前だと思ってたりするので簡単には変えづらいのです。
ですので合わない相手とはとことん合わないので引っ越すかどこかで折り合いをつけるかを決めることです。
私は、ルームメイトとの衝突は子育ての方針で揉める夫婦喧嘩のようなものだと考えています。
相手を受け入れることが出来ても、相手が育った過程を受け入れることが出来るかが重要になってきます。
屋根のある場所で寝られるのは幸せなこと
アメリカでの生活から半年ほどたった頃、アパートの契約が切れて日本に一時帰国する前に1ヶ月弱ほど定住する家が無いという状態が続いてました。
その1ヶ月弱の間は毎日友達に頼み込んで泊めさせてもらったりしていました。
ある日、私はひょっとした手違いから約束していた友達と連絡が取れず、文字通り行く場所が無くなってしまいました。
そこで私は持っていた服を着れるだけ着て、野宿をしてみました。
これが、なかなか過酷でした。
ロサンゼルスは貧富の差が大きく、路上にテントを立てて暮らしている人や、街中でお金や食べ物を訪ね歩いている人が少なくありません。
彼らを自己責任と切り捨てる方もいるのかもしれません。
しかし私も1晩だけではありましたが、ひょんなことで彼らと同じように路上で寝てみると想像以上にしんどかったです。
カリフォルニアは乾燥している場所なので昼間の太陽が出ている間はカラッとしてて気持ちがいいのですが、
夜は水分がほとんど残らず夏でもかなり寒くなります。
真夏の夜でも北海道の秋風のような厳しい寒さになります。
そんなところに風も満足に防げず、温もりも感じない地面で寝るというのは非常に厳しい体験でした。
そして、私は悟りました。
普段、屋根のある場所で寝られるというのはとてもありがたいことであると。
そして、ロサンゼルスで頻繁に目撃するホームレスの方を見ていると、世の中にはそれすらもできない人たちが少なからずいるということにも気づきます。
今から思えば私の場合は自業自得なのですが、それ以降住む場所が確保出来るというごく当たり前の環境に感謝できるようになりました。
食事について
私が親元を離れ、親の作るご飯から離れたことにより多くの料理に挑戦し、食べることからも多くのことを学びました。
食事は私たちの生活から切って離すことのできない重要な活動であり、私たちの文字通り血や肉となります。
自分でご飯を作り始め、勉強などが忙しくなると、家族が忙しい仕事終わりでも毎日美味しいご飯を作ってくれるというのはとてもありがたいということが心から理解できました。
また、世界中のグルメに挑戦することで見聞を広めることができたのもアメリカ生活の良い思い出です。
自炊方法について
アメリカ留学中の生活費の大半は食費でしたので、特に活動がない日は自炊を楽しんでリラックスやお金を節約していました。
自炊をするためには食材や調味料、食器や調理器具などの初期費用がかかせません。
ですので経済的な面で自炊を役立たせるために続けることが大切です。
続けるためにはどうすれば良いか?
私なりに出した結論は飽きないようになるべくシンプルに料理するということです。
数時間もかけて、食器を何枚も使用する手間暇のかかった料理は確かに達成感がありますが、その後の食器を洗う時間も考えると非常にめんどくさいです。
そのような調理方法ではテスト期間など時間が必要な期間では多くの時間を割くことができず、結果的に外食した方が早い場合もあります。そうなれば本末転倒です。
最初はクックパッドなどをみて料理の基礎を学ぶのもいいですが、慣れてきたら自分なりに簡単にアレンジして時間削減を目指してみましょう。
そして自分なりのメニューを作ることができればローテーションをすることもできますので効率的です。
また作り置きも非常に大事なテクニックです。
ご飯や日持ちのいい料理は多めに作っておき、冷蔵庫や冷凍庫に保管しておきましょう。
そうすれば再度食べたいときには温めたるだけで食べられますし、時間の節約にもなります。
継続するためにはなるべくシンプルに調理を済ませましょう。
世界には私の知らないグルメがたくさんある
予算の問題もあり、いつもという訳にはいきませんでしが、私が住んでいたロサンゼルスは沢山の民族が共存しており、
場所ごとにだいたい同じようなグループで固まって生活しています。
例えば
- 韓国人が住むKoreatown(全米最大規模)
- 中国人が多く住むSan GabrielやMonterey Park
- アルメニア人が多く住むLittle Armenia
- 日本人が多く住むLittle TokyoやTorrance
- ベトナム人が多く住むLittle Saigon
- イラン人が多く住むWestwood
- タイ人が多く住むThai Town
などのエスニックタウンが至るところにあります。
これらの街の歴史はより良い生活を求めた移民や戦争から逃れてきた難民、母国を離れて生活せざるを得ない人たちの受け皿となっている側面もあり、アメリカの社会において多様性を生み出しています。
そのような場所へご飯を食べに行くことは実際に見聞を広げるのにも役立ちましたし、私の視野を広げてくれました。
そのため様々なバリエーションのグルメを堪能することができました。
- ベトナムのフォー
- 中国の火鍋
- タイのカオマンガイ
- トルコのケバブ
- アラビア式コーヒー
などは私がアメリカに行かなければ一生口にしなかった食べ物だと思いますし、チャレンジしようとも思わなかったでしょう。
安くて美味しい日本の外食
アメリカ留学のたまの休みに日本に帰ってくるといつも感動することがあります。
それは日本の外食のコストパフォーマンスです。
一般的にアメリカのレストランは安かろう悪かろうが当たり前でしたし、その安い部類であるファストフードでも10ドルぐらいは余裕で消費できます。
物価の違いこそあれ、日本で1,000円も出せば結構美味しいものが食べられると思いませんか?
日本でコンビニに行けばおにぎりや肉まん、コーヒーがお手頃な値段で売られています。
翻ってアメリカにはコンビニこそあるものの、日本ほどの清潔感はありませんし、売られている食べ物も高い上に味もイマイチというのが個人的な印象です。
外に出れば牛丼がチェーン店でものすごく安い値段でご飯を出してくれます。
食べ物という観点では日本は非常に恵まれていると思います。
食べる食べないの自由
日本にお住いの方なら「好き嫌いせず残さず食べなさい」と習ってきた方が多いのではないかと思います。
実際そんな教育のおかげなのか私もタイの激辛カレーや虫料理、中国のカエル肉など絶対に日本では食べられないものに挑戦できたのもまた事実です。
その一方で気になったのは実に多くの人が食べ物を残すということです。
もちろんイスラム教徒の方が豚肉を食べないなどの宗教上の理由もありますが、
グリーンピースが嫌いだから入っているサラダは一切食べない!
なんて極端な方にもお会いしたことがあります。
その一方で健康志向の高いカリフォルニアではサラダは絶対に欠かせないという人もたくさんいます。
食に対する需要のバリエーションが半端じゃないのではないかと思います。
ですのでハラルフードと呼ばれるイスラム教徒の方に配慮して豚肉を取り除いた料理もありますし、
ベジタリアン向けに肉の代わりに豆腐やチーズで代用している料理もあります。
食べ物を無駄にすることを推奨しているわけではありませんが、そんな多彩な需要を満たすことのできるアメリカでは食べる食べないの自由への意識を強烈に感じました。
お金について
世の中不平等
私もアメリカで留学させていただいただけ恵まれているのは自覚しています。
しかし、生まれ育った経済環境や教育環境を羨ましく思ったのも事実です。
例えば、ある友人は友達と200万円づつ出し合って起業して、今は権利収入で生活費を賄っているというのを聞いたことがあります。
また、私の1人年下の中国人の友達はすでに中国、香港、アメリカで自分のビジネスを構え、彼が勉強に集中している間、何もしなくても年間600万円くらいの収入があるとのことです。
そのような人々はたびたび複数の言語を話し、音楽などの芸術もこなし、さらにビジネスのセンスも身につけています。
それだけでなく、話している内容や言葉遣いからも教養の高さを感じることが出来ます。
バケーションごとに海外旅行に行き、見聞を広めていける友人もいます。
そもそものスタートラインが違いましたし、格の違いを見せつけられました。
私はそのような場面に出くわす度により謙虚に勉強していかなければと感じてしまいます。
以前、私の母親が英会話スクールに通っていた頃の先生はあのハーバード大学に通っていたそうです。
ハーバード大学は私立大学ですのでアメリカ人でも莫大な学費がかかります。
彼の家庭はあまりお金が無かったらしいので友達に月150ドルを渡して、その友達の家の庭にテントを立てて暮らしていたようです。
冬には雪も降りますしカリフォルニアよりも明らかに寒いことは明白なため、私の想像を超える苦労をしていたと思います。
それでも彼は学費が払えなくなって中退してしまったそうです。
私はその話を聞いて、親に学費を支援していただけるという恵まれた環境にいることを実感しました。
お金が全て!とは言いませんがお金があった方が選択肢は増やすことができます。
時は金よりも重し!
私がアメリカ生活でより重視していたのは「限られた時間をうまく使うということ」です。
海外の留学はその後現地で就職するか移住するなどそれ以降も滞在する以外の場合、時間は有限です。
お金の節約も大事ですが、留学の間しかできないことをやるために時間は大事に扱いましょう。
私がアメリカでアパートを引っ越す、重視したのは学校からの近さです。
私はなるべく徒歩で学校に通えるようにしました。
学校から近い場所に住めばバス代や車で通学する際のガソリン代、駐車料金、保険代などを節約することができますし、何より学校から近いので大幅に時間を節約することができます。
確かに私が住んでいた学校は物価の高い場所にあったのでアパート代は少し高くつきましたがコストパフォーマンスは悪くないと思います。
近い場所に住むことができれば交通渋滞などに巻き込まれる必要もありませんし、移動費などの余分な費用もかかりません。
他の人が遠くから通学して疲れているのに対して、私はその通学時間中を勉強にあてることもできますし、いつもフレッシュな状態で授業に臨むことができます。
授業と授業の間で忘れ物があればすぐ取りに行くことができますし、休憩することもできます。
自宅での学習に疲れた時には学校まで歩き、気分転換後すぐに集中して作業に打ち込むこともできます。
もし、時間を有効に使いたければ、学校や職場の近くに住むことから始めましょう。
終わりに
今回も私の長文を最後まで読んでいただきありがとうございます。
私のアメリカ留学の経験は確かには楽しいばかりではありませんでした。
お金や時間を迫られて苦しい思いをしたり、学習面でも良い成績を残すことができず葛藤していた時期もありました。
それでも私は心の底から声を大にして「アメリカ行って良かった!」と言えます。
なぜなら私はこのアメリカ留学を通じてひと回りもふた回りもスケールの大きな人間に成長できたと思うからです。
今でも次の新しいチャレンジにワクワクしていますし、そう思えるのは留学を支援してくれた多くの人々の支えがあってのことです。
そんな方々の期待に応えるためにも、私はこれからも情報を発信していきたいと思います。
今回はここで止めたいと思います。
それではまたの機会に。